【連載小説】月の都(50)下田ひとみ

 

陣痛が始まったのは夕方を過ぎた頃であった。

すぐにも出産かと思われたのだが、本格的な陣痛が訪れるのに時間がかかり、分娩室に運ばれたのは深夜であった。病院の方針で、分娩には謙作も立ち合うことになっていた。謙作にとっては初めての体験であった。

入室して10分後。

「息を吸って。吐いて。吸って。吐いて」

看護師の言葉と一体化して、真沙子が大きく息を吸ったり吐いたりしている。汗ばんだ真沙子の手をにぎりしめている謙作は、自分も一緒にお産をしているような気持ちになっていた。

「もうすぐですよ」

谷野医師が告げる。

いよいよ山場がやってきた。

「がんばって!」

「その調子!」

「頭が見えてきましたよ!」

謙作の手をにぎりしめる力が、ひときわ強くなった。

「今だ!」

「いきんで!」

汗に濡れた5本の指が謙作の手に食い込む。

うーんといきんだ次の瞬間、大きな産声(うぶごえ)が上がった。

「生まれた、マコ!」

真沙子はホッとした表情で夫の手をにぎり返した。

「おめでとうございます」

看護師たちが口々に言った。

「ありがとうございます」

頭を下げた謙作の眼は真っ赤に潤んでいた。

タオルに包まれた赤ん坊が看護師に抱かれてきた。

谷野医師が満面の笑みで真沙子に告げた。

「元気な女の子さんですよ」(つづく)

月の都(51)

 






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