【連載小説】月の都(54)下田ひとみ

 

偲ぶ会は家族的な雰囲気の中、なごやかに進められていった。

順番というのはなかった。各々語りたい人が立ち上がって、陶子の思い出話をする。

一人一人の話を聞いていると、胸が熱くなり、ふみは目頭を押さえた。

陶子が亡くなった直後の前夜式では、集っている者の表情は一様に硬く、暗かった。ふみ自身も混乱していて、誰がいたのか、何を聞いたのか、記憶も定かでなかった。

けれど今は、集っている者の表情は明るかった。あの夜、憔悴(しょうすい)しきった顔で、真っ赤に充血していた眼に涙を滲(にじ)ませていた名倉牧師も、穏やかな表情で会の進行役を務めている。

そのうちに、赤ちゃんを抱いた婦人がふみのもとにきて挨拶(あいさつ)をした。

「牧師の妻で、名倉真沙子と申します。よろしくお願いいたします」

ふみが「桐原ふみです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」と応えると、真沙子の顔が輝いた。

「桐原ふみさんって、藤崎先生から伺ったことがあります。ツリーのオーナメントを教えてくださった方ですよね」

その言葉に、周囲の婦人たちがいっせいにふみを見た。

「あの時のオーナメント」

「藤崎先生の手作り。それは見事で、可愛くて」

「あなたが先生だったんですか」

口々に言う中、一人の婦人がバッグを持ち上げ、ぶら下げている天使を見せてくれた。

「誕生日に藤崎先生がくださったんです」

そう言うと、婦人は涙を流した。

「見るのがつらくて……、しまってたんですけど、今日は先生を偲ぶ会だからと、つけてきました。可愛いらしいでしょう。衣裳も綺麗で。とても気に入ってるんです」

年配の婦人がつぶやいた。

「私も先生からいただいた天使、持ってくればよかったわ」

「私も……」

隣の婦人が残念そうに同意している。

向かいの婦人がふみに教えてくれた。

「オーナメントの中で天使がいちばん評判がよくて、お忙しい中を藤崎先生、コツコツと天使を作っては、おりあるごとに一人一人にプレゼントしてくださってたんですよ」

赤ちゃんが天使にさわっている。

「ききょうちゃん、天使が気に入ったのね」

それを聞いて、ふみが真沙子に尋ねた。

「可愛いお名前ですね。花の桔梗(ききょう)ですか」

真沙子は笑顔で答えた。

「はい。秋に生まれたので、花の桔梗からつけたんですけど、字は変えました。希望の『希』と香りの『香』で、希香って書きます」

「希望の香り。希香ちゃん。良いお名前ですね」

ふみは心からそう思った。

陶子が伝道師をしていた教会。神様を信じて、精いっぱい人々を愛し、人々にも愛された場所。

もうここに陶子の姿はないが、陶子を慕っている人々の心に、陶子は今も生きている。

そして、この教会に新しい命が与えられたのだ。

その事実に、ふみは深く慰められた。

──ありがとう。

涙の滲(にじ)んだ眼をテーブルに向けると、淡いピンクのカーネーションが優しく薫(かお)っていた。(つづく)

月の都(55)

 






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