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まっすぐな詩に心を澄ませたい時に 八木重吉信仰詩集『うつくしいもの』(日本キリスト教団出版局)

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10月26日は茶の花忌(き)。クリスチャンの詩人、八木重吉(やぎ・じゅうきち、1898~1927年)の命日だ。29歳で召天したのがお茶の白い花が咲く季節だったため、「茶の花忌」と名づけられた。重吉の生家(東京都町田市)の敷地内にある土蔵が現在、八木重吉記念館(佐藤ひろ子館長)になっており、毎年この日にそこで墓前礼拝を行っている。

八木重吉信仰詩集『うつくしいもの』(日本キリスト教団出版局)

それに合わせるように、八木重吉信仰詩集『うつくしいもの』(日本キリスト教団出版局)が刊行された。フォトグラファーのおちあいまちこ氏の花や自然の写真に、クリスチャンに人気の高い重吉の信仰詩がちりばめられている。巻末の解説は歌手の沢知恵氏。

全体は4章立てになっており、収められている詩は次のとおり。

◆うつくしいもの
うつくしいもの/おおぞらのこころ/いきどおりながらも/ねがい/ねがい/心よ/愛/愛のことば/生活と詩/愛/断章

◆素朴な琴
かなしみのせかいをば/このかなしみを/ついに/雲/雲/空/郷愁/ふるさとの/素朴な琴/不思議/空が凝視ている/石塊と語る/大木をたたく/森へはいりこむと/太陽/太陽/秋のかなしみ/葉/本当のもの/草にすわる/やまいある日/まずしさを

◆ああちゃん!
ある日/妻は病みたれば/春/桃子よ/春/妻よ、/春/母をおもう/いつになったら/ゆるし/ぽくぽく/ああちゃん!

◆祈
このよに/みずからをすてて/路をなつかしみうる日は/いつわりのない/かげのごとくすぎてゆく/貧というもじと/きりすと/すべての/てんにいます/きりすとをおもいたい/もったいなし/よぶがゆえに/われよべば/ときと/無題/天/断章/色は/遊び/祈/イエス/死をおもう/何はともあれ/富子/富子/在天の神よ/わが詩いよいよ拙くあれ

重吉の詩を通してキリスト教信仰を伝えたい人へのプレゼントとして、あるいは、純粋な信仰詩から心を澄ませたい自分のコレクションとして、ふさわしい写真詩集だ。

八木重吉

重吉は1898年、東京府南多摩郡堺村(現・東京都町田市相原町)の農家に生まれた。神奈川県師範学校予科を経て、21年、東京高等師範学校英語科卒業。兵庫県の御影師範学校、25年から千葉県の東葛飾中学校(現・千葉県立東葛飾高等学校)で英語教員を務める。

神奈川県師範学校在学時から鎌倉メソジスト教会に出席するようになり、小石川福音教会のバイブルクラスに通い、1919年、21歳の時に駒込基督会で富永徳磨(とみなが・とくま)牧師から洗礼を受けた。しかし、無教会の内村鑑三の影響を受けたこともあり、教会に通わず、ひとり信仰をはぐくむようになる。

21年に島田とみと出会い、翌年結婚。この頃より詩作に打ち込むようになる。25年には詩集『秋の瞳』を刊行したが、体調を崩し、肺結核と診断される。療養生活を送りながら第2詩集『貧しき信徒』を準備していたが、27年、妻と二人の子を残して召天。その子らも若くして父と同じ病で世を去った。

死後、『貧しき信徒』が友人の手により刊行された。残された作品群は3000あまりで、『八木重吉全詩集』全2巻(ちくま文庫)に掲載されている。

最後に、表題となった詩「うつくしいもの」から、そのまっすぐな信仰を感じてほしい。

わたしみずからのなかでもいい
わたしの外の せかいでもいい
どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であっても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在る(傍点)ということが 分りさえすれば、
ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ

おちあいまちこ写真
八木重吉信仰詩集
うつくしいもの
日本キリスト教団出版局
2018年9月25日初版発行
A5判変形・80頁
1200円(税別)

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雜賀信行(さいか・のぶゆき)

雜賀信行(さいか・のぶゆき)

「クリスチャン・プレス」編集長。カトリック八王子教会(東京都八王子市)会員。日本同盟基督教団・西大寺キリスト教会(岡山市)で受洗。1965年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。90年代、いのちのことば社で「いのちのことば」「百万人の福音」の編集責任者を務め、新教出版社を経て、雜賀編集工房として独立。2001年からキリスト新聞社をはじめ、キリスト教出版社を中心に書籍や雑誌の編集を数百冊手がけてきた。著書に『人生が変わる聖書のことば60』(いのちのことば社)、『牧師夫人新島八重』『キリシタン黒田官兵衛』『宮沢賢治とクリスチャン』などがある。

2018年11月17日 患難との戦い(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)
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兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。

つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、

主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。

キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。

一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。

というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。

そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)

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