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オウム真理教、残る6人の死刑を執行 破壊的カルトへの処刑について山本光一牧師に聞く

投稿日:2018年7月27日 更新日:

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一連のオウム真理教事件で死刑が確定していた教団元幹部の死刑囚6人の刑が26日、執行された。首謀者で教祖の松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚を含む7人の死刑が6日に執行され、これで一連の事件で死刑が確定していた13人全員の刑が執行されたことになる。

今回、執行されたのは、岡崎(宮前に改姓)一明(57)、横山真人(54)、端本悟(51)、林(小池に改姓)泰男(60)、豊田亨(50)、広瀬健一(54)の各死刑囚。

1980年代、統一協会に入信した子の両親から相談されたのをきっかけに、今までに破壊的カルト団体から約70人を救出してきた山本光一氏(日本基督教団・京葉中部教会牧師)に話を聞いた。

山本光一氏

──オウム真理教のような異端カルトとキリスト教は、どこが大きく違うのでしょうか。

救出活動において、「異端」という概念は役に立たないと思います。キリスト教の教義と破壊的カルトの教義が違うことが問題だとは思いません。ユダヤ教から見れば、キリスト教は異端です。

救出活動をやり始めた頃、「統一協会は異端だから問題だ」と思っていました。しかし、それでは救出できませんでした。問題の本質を見抜いていなかったからです。

問題は、「なぜその人がそのような馬鹿馬鹿しい教義に惹(ひ)かれたのか」と考えることから、本質を見抜くことができると思います。その人がその教義に惹かれた、その人の深刻な事情ですね。統一協会の場合は、家庭と生育過程の事情は決して馬鹿馬鹿しいものではなく、批判の対象でもありませんでした。

私が使う「破壊的カルト」という用語の「破壊的」とは、「メンバーの人格が破壊される」という意味です。「オウム真理教とキリスト教、どこが大きく違うか」という設問が可能であれば、人格の破壊が存在するかどうか。それを可能にする民主的制度の存在の破棄が問題なのです。

たとえば日本基督教団の場合、教団総会という会議を最高の決議機関としています。教祖の意志が組織の意志になる条件は整っていません。

──カルトと犯罪の関係をどのようにお考えでしょうか

「カルト」は、伝統的に宗教団体一般を指す用語として今も使われています。ですから、たとえば日本基督教団もカルトです。しかし破壊的カルトは、メンバーの人格を破壊します。さらに、オウム真理教は法に抵触することをしたから、犯罪性の強い破壊的カルトだったといえます。

私たちは破壊的カルトを見る時に、組織とそのメンバー、そして組織の目的とメンバーの目的をはっきりと区別しなければなりません。「破壊的カルト」の特徴は、主催者とメンバーとの間に目的の齟齬(そご)があることです。

たとえば統一協会の場合、メンバーの目的は世界の救済と自己の変革であり、それは何ら非難されるものではありません。ところが主催者(文鮮明)の目的は、そのメンバーの思い(信仰)を利用した金儲(もう)けでした。統一協会の信者は、マインド・コントロールの結果、霊感商法の多宝塔や壺(つぼ)などの商品を売る時、「これを買う人は『蕩減(とうげん)復帰』し(神に罪を赦〔ゆる〕され)、幸せになる」と本気で信じて努力しました。しかしそれは、買う人の恐怖心を利用した商売であり、違法でした。その違法行為の責任は誰が負うべきか。メンバーをマインド・コントロール下に置いて利用した組織だと私は思います。

──1カ月に13人が処刑されるという異例の執行になりました。死刑制度そのものについてのお考えをお聞かせください。

このように1日で多数の死刑が執行されるのは、幸徳事件(明治天皇の暗殺を企てたとして幸徳秋水らが逮捕された)で1911年に11人が処刑された時以来なのではないでしょうか。恐怖政治を思い起こすものです。

私は、人が人を殺す死刑制度には反対です。死刑制度には犯罪抑制効果はないと思います。

──カルト犯罪者に対して適当な刑というのはどのようなものだとお考えですか。

「カルト犯罪者とは誰なのか」が問題だと思います。先に述べたように、「破壊的カルト」は、マインド・コントロールによって人格を破壊するので問題なのです。だとしたら、人格を破壊した人が刑を受けるべきです。

今回はメンバーの行為だけが問われ、日本の法律に抵触するか否かだけが問われました。しかし、破壊的カルトの本当の犯罪者は、マインド・コントロールを行い、メンバーの人格を破壊する者です。しかし、破壊的カルトの犯罪者をきちんと裁くことができる法体系は、まだ日本にはないのではないでしょうか。それゆえ、現在の日本の法体系において、どのような刑が適当なのか私には分かりません。

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守田早生里(もりた・さおり)

守田早生里(もりた・さおり)

日本ナザレン教団会員。社会問題をキリスト教の観点から取材。フリーライター歴10年。趣味はライフストーリーを聞くこと、食べること、読書、ドライブ。

2018年11月17日 患難との戦い(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)
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兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。

つまり、わたしが監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、

主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、わたしの捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです。

キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。

一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。

というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、このことがわたしの救いになると知っているからです。

そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)

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