【インタビュー】青山学院院長の山本与志春さん 「地の塩、世の光」となるサーバント・リーダー育成を目指す(前編)

 

青山学院は幼稚園から大学、大学院までを擁し、キリスト教信仰に基づく建学の精神で「人と社会のために何ができるか」を考え、実践し続けている。昨年7月に院長に就任した山本与志春(やまもと・よしはる)さんに話を聞いた。

青山学院院長の山本与志春さん

──院長の役割を教えてください。

幼稚園、初等部、中等部、高等部、女子短期大学、大学を統括し、教育をまとめるのが院長です。理事長は全体の責任者で経営をまとめるので、院長と理事長は教育と経営の両輪ということになります。

──今回、常務理事から院長へと就任されたわけですが、どのような変化があったでしょか。

常務理事も学院全体に関わる仕事でしたから、私の仕事の環境が大きく変わったわけではありません。ただ私はもともと青山学院中等部の教師で、常務理事になった時、理事長を支える経営者側になりました。教育から経営に来て、今度また教育の長になったので、私からするとホームグラウンドに戻ってホッとしたというか、私はやはり教育者なんだなと強く感じています。

一つ大きな変化といえば、幼稚園の園長も兼ねているということです。週に1回は幼稚園に行って園児と関わりを持っているのですが、それはとても楽しいですね。子どもは素直で、幼児・初等教育は本当に大切だと肌で実感しています。

──一貫教育の中で幼稚園があることの意義は大きいですか。

とても大きいと思います。今日も創立記念礼拝をしてきたのですが、みんなで賛美歌を歌い、「主の祈り」をささげる。神様の話を聞く。その経験を3、4歳から繰り返していますから、「神様=イエス様」ということが違和感なく身についている感じがしますね。幼稚園では礼拝は毎日ありませんが、お祈りで始まってお祈りで終わるというように、いつも祈りがあるところです。初等部から高等部までは毎日礼拝をしています。

「あなたは神様に愛されています」、「あなたには希望があります」、「それぞれ違いを大切にしましょう」、「自分の力を他の人のために使うことは素晴らしいことですよ」といった言葉を毎日聞いて育っていくと、そういう価値観を身につけた人になります。言葉は心の成長に大きな影響を与えると思います。

大人になって何かにつまずいた時、あるいは、人生の岐路や淵(ふち)に立たされた時、ふと賛美歌のメロディーが心に流れてきたり、聖書の言葉が入ってきたりするということをノンクリスチャンの人によく言われます。また、青学の幼稚園・初等部で育ってきた人は、何かあった時には思わず「主の祈り」を祈っているという話もよく聞きます。

社会人になってから、「何か人のために役立つことをしたい。ボランティアを始めよう」と文化祭のような気分で始めたりする人もいます。「何かいいことをするというより、楽しいから始めた。でも、こんなことをしているのはおかしいのかな」と疑問を投げかけると、ある牧師から、「君たちがやっていることはキリストの精神そのものだ」と言われて、初めて「ああ、そうか」と気づくといいます。「中学・高校で教わってきたことが今につながっているのか」と。人のために何かをすることで心が満たされるように育っていることは、キリスト教学校にとって、毎日の種まきのわざが実を結んでいることだと思います。

──大学になると外部から大勢の学生が入ってくるので、そこで一貫校の意義が途切れてしまうのではないでしょうか。

高等部から大学への内部進学者は全体の10分の1にも満たないので、大学を卒業する頃には、誰が外から来たか分からないくらい同化しています。大学ではキリスト教概論が必須なので、キリスト教には必ず触れることになっています。あと、かなりの学生が、レポートを書くためかもしれませんが、教会に行ったり、礼拝に出席したりしています。三木義一学長がよくおっしゃるのは、「青学の学生は優しい」ということです。学生を優しくする雰囲気、校風があるというのですね。

本校の卒業生で作家のあさのあつこさんは、「ここには神様がいらっしゃる」と言っています。他の卒業生からも、「青学のキャンパスに来ると落ち着く」、「気持ちが癒やされる」ということをよく聞きます。それは「祈りに満たされている」ということかもしれません。ずっと青学が大事にしてきたものを皆さんが大事にしている、祈りが聞かれていると思いますね。

──大事にしてきたものとは何でしょうか。

キリスト教信仰に基づく教育です。「キリスト教主義」や「キリスト教的」ではなく、「キリスト教の信仰」なんですね。青山学院は主義やイデオロギーではなく信仰です。これは信仰を持っていない人にすれば距離のあることだと思いますが、それを掲げてキリスト教信仰に基づく教育を目指しています。

──キリスト教教育で行わなければならないことは何でしょうか。

聖書の言葉に裏打ちされた、一人ひとりを大切にする教育です。一人ひとりに与えられている賜物を、誰か他の人の幸せのために用いることを喜びとする人を育てることです。それは、それぞれの賜物を生かして互いに仕え合うサーバント・リーダーとしての生き方です。AIなどの発展により世界がどんなに変化しても、人の心は変わりません。平和で、誰もが幸せに生きるためには、お互いが助け合い、支え合うということが不可欠で、それはシステムだけでは無理だと思っています。共同して生きる大切さを教育していかないと、新しい未来は生まれません。

──共に生きるためにはどうすればいいのでしょうか。

自分と異なる人と共に生きようとした時、新たな知恵が必要となります。自分の持っているものは、自分の周りでは役に立たないけれど、別のところではものすごく役に立つということがあります。そこで自分が生かされることで、相手の人も生きることになる。そういう連鎖的なことが世界中に広がれば、誰もが将来、安心して暮らせるのではないでしょうか。年を取ったら、また病気や怪我をしたら、障がいがあればもう終わりという社会であれば、生きることが不安で仕方ありません。生産性を上げられる人だけの社会を作れば合理的で幸せな社会なのか。決してそうではありません。誰もが、神様の与えてくださった大切な命です。その命にどのような価値を見いだせるかを考えた時、自分の価値も分かってくるはずです。

Share

Related Posts

  1. 「令」が2019年「今年の漢字」、聖書で「令」は?

  2. 日本初シェアハウス型難民シェルター「ジェラハウス」 トキワ荘のようにスーパースターを

  3. クラスターの中で改めて考えた「共にに生きる」こと JOCS派遣ワーカー・雨宮春子さんの報告

  4. フランスの首切断事件から表現の自由を考える(1)

  5. 学術会議への人事介入めぐり日本宗教研究諸学会連合が声明 宗教系16学会が賛同 2020年10月16日

  6. キリスト教主義大学(ミッションスクール)紹介(1) 編集部

  7. 8月のキリスト教テレビ・ラジオ案内「福音の光」

  8. 教会でのイベントによって新型コロナ・ウイルスがフランス全土に拡散した可能性──牧師とその家族が感染

  9. 【インタビュー】泉バプテスト教会付属いづみ幼稚園園長 城倉啓さん(前編)

  10. 阪神・淡路大震災から24年 関西学院大メモリアル・チャペル

  11. ミャンマーの平和解決へ WCRP日本委が声明

  12. 新型コロナ・ウイルス対策で3・11集会を中止 岩手、宮城などの超教派団体

  13. 【西日本豪雨】韓国からボランティア 献身的な活動に地元から感謝の声

  14. 教皇フランシスコの日本へのメッセージ 訪日に向けて高まるキリスト教への関心

  15. 【インタビュー】青山学院院長の山本与志春さん 「地の塩、世の光」となるサーバント・リーダー育成を目指す(後編)

クリスチャンプレス をご支援ください

300円 1000円 5000円 10000円

※金額のご指定も可能です。

金額をご指定

リンク用バナーダウンロード

画像をダウンロードしてご利用ください。

リンクを張っていただいた場合は、ご連絡いただけると幸いです。