インタビュー

【「AMOR」との共同インタビュー】イエズス会日本管区長補佐・山岡三治神父 イエズス会を語る(前編)

投稿日:2019年7月24日 更新日: -

 

イエズス会日本管区長補佐の山岡三治(やまおか・さんじ)神父に話を聞いた。プロテスタントからカトリックに「転会」した自身の信仰歴とイエズス会のこと、そして11月下旬に教皇フランシスコが来日するのに先駆け、教皇と同じイエズス会の総長であるアルトゥーロ・ソーサ神父が7月末に来日することについても話が及んだ。

2016年に創刊されたカトリック系のウェブ・マガジン「AMOR(アモール)──陽だまりの丘」(SIGNIS JAPANの有志発行)の石原良明(いしはら・よしあき)氏との共同インタビュー。

山岡三治神父

山岡神父は1948年、東京・麻布生まれ。慶應義塾大学経済学部と東京教育大学文学部、上智大学神学部を卒業。上智大学神学研究科修士課程と、90年にはローマ・グレゴリアーナ大学博士課程を修了、神学博士。その間、輔仁大学華語学院(台湾)で学ぶ。84年、カトリック司祭叙階。広島、デトロイト、アラスカ、北京、上海、福建省、パリ、ローマ等で現地の信徒への教会活動を行った。上智大学神学部教授を経て、現在、名誉教授。4年前より現職。

──山岡神父が教会に通うようになったきっかけを教えてください。

私の家は17代続く商家で、毎朝、祖父が唱えるお経を聞いて育ちました。中学・高校も、祖父の希望もあって仏教系(浄土宗)の一貫校に進学したので、私にとって仏教がいつも身近にありました。だからと言って信心深いわけではなかったのですが。

高校を卒業して人生の壁にぶつかり、「どうして世間はこうなっているのだろう。人生とは何だろう」と真剣に考える中で、宗教に行き着きました。その中で、お寺に行ったりもしましたが、ある時、幼い頃に通っていた自宅近くのプロテスタント系幼稚園を思い出し、訪ねてみたのです。

すると、当時の園長先生がまだいらして、昔通りの呼び名で「あら三ちゃん、どうしたの」と迎え入れてくれ、それをきっかけに教会に足を運ぶようになりました。元麻布にある日本基督教団・安藤記念教会で、森文次郎(もり・ぶんじろう)牧師が1対1で講義をしてくれ、礼拝と講義、それと祈祷会で、週に3日は教会に通い、1970年、22歳の時に洗礼を受けました。

教会で聖書の基礎を学び、さらに東京神学大学の夜間講座にも2年間通いました。講師陣は、北森嘉蔵(きたもり・かぞう)、桑田秀延(くわだ・ひでのぶ)、加藤常昭(かとう・つねあき)、赤木善光(あかぎ・よしみつ)、佐藤敏夫(さとう・としお)といった有名な神学者ばかりで、かなり高いレベルの講座でした。

勉強をするうちに「牧師になりたい」という気持ちが芽生え、各所で行われる朝祷会にも毎朝出ていました。ある修養会で「ちいろば先生」として知られる榎本保郎(えのもと・やすろう)先生に陶酔し、愛媛県今治まで会いに行き、それから1年以上、先生の鞄(かばん)持ちとしていろいろなところに行ったりもしました。

AMORの石原良明氏(左)と山岡神父

──カトリックに改宗されたのはどうしてでしょうか。

禅宗のお寺に2年通った経験もあり、「多くの言葉で説教を語ることより、静かに祈り続けたい」という気持ちが日に日に強くなっていきました。プロテスタントで基礎的なことを教わりましたが、「やはり自分はカトリックに行きたい」と思ったのです。榎本先生にそのことを相談すると、「お前は行きたい道へ行け」と言われました。

ただし、私は「改宗」ではありません。教会を移る時に「転会」といいますが、私の場合も、そのまま信仰を続けているという意識が強かったので、「改宗」ではなく「転会」だと申し出ました。

──イエズス会に入会された時のことを教えてください。

修道会に関心があったのは、禅宗のお寺と似ていると思ったからです。特にイエズス会は、仏教の研究が盛んな修道会で、禅の指導者も何人かいたので、「そういうところなら、両方と対話しながら私も成長できる」と思いました。

また朝祷会は、金曜日が毎回、四谷にあるイグナチオ教会が会場だったのですが、そこで出会った神父さんたちの影響も大きい。ドイツ人やイタリア人など、見た目はみんな違うのですが、同じ信仰、規律を持った人たちが一緒に住んでいる。それがとても人間味があって、楽しそうで、「こういうところなら一生いられるかな」と。

それだけでなく、私の学生時代は大学紛争まっただ中で、勉強どころではありませんでした。イエズス会には、クラウス・リーゼンフーバー先生をはじめ、錚々(そうそう)たる先生方がいたので、「そういう良い環境の中に自分を置いて勉強したい」という思いもありました。

イエズス会日本管区の名簿カタログ

──イエズス会の生活について教えてください。

初めの2年間は沈黙の生活です。お互いが話せるのは、日に30分くらいで、食事の時ももちろん沈黙です。その修練には、精神的な指導に長けた人が必ず指導者としてつき、1対1の対話で訓練をします。祈りの生活の中で修道生活の習慣を学んでいきます。普通は1年が多いのですが、イエズス会は2年です。

それが終わると、哲学を3年間学びます。そこでは、物事を論理的に、できるだけ客観的に考えることを学びます。それから、福祉施設や学校など、キリスト教の施設で2年間働きます。そういう経験をさせて、「自分は司祭の道でいい」と確信したら、その道を志願し、認められたら、司祭になるための直接の勉強(カトリックの歴史、聖書、典礼など)の4年間に入ります。

イエズス会は養成が厳しく、それぞれの段階で評価されます。たとえば実習の期間を終えて神学の学びに入る時、その人を知っている4人から報告書をもらうことになっています。そして、それについて係の人と一緒に協議し、OKが出れば、その次の段階に進むことができます。そういうのがすべて記録に残り、個人ファイルとなって、何かあった時には、どういうところに問題があったか、すぐに調べることができます。

司祭になる時はローマに英語で報告されるのですが、最後の誓願が認められるまで、入会から13年くらいかかります。

──かなり長い間学ばれるのですね。

「燃え尽き症候群」という心配はカトリックにもあって、それを防ぐためにイエズス会の場合、「第三修練」というのがあります。神父になってしばらく経ったとき、半年くらい仕事を休み、やっていたこととは違うことをさせるようにするのです。教会に行っていた人には、福祉施設に行くとか。そういうことをさせて、また元の場に戻し、2、3年また働かせて、OKが出たら最終誓願となりますので、時間がかかります。

その間、大学にも送るし、人によっては外国に留学にも行くので、一人を育てるためにかなりの費用もかかります。プロテスタントの人と話して「すごいな」と言われるのは、入会してからの養育費用を全部、所属の修道会(私の場合はイエズス会)が負担していることです。(後編に続く)

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