【インタビュー】柳沢正史さん(前編) 垣根のない環境で、研究者自身が面白いと思える研究を

 

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構・機構長として、世界の睡眠研究をリードする柳沢正史(やなぎさわ・まさし)さん(58)。所属している日本バプテスト連盟・筑波バプテスト教会では、特技のフルートで賛美の奉仕もしている。最先端の睡眠研究と信仰の証しについて話を聞いた。

柳沢正史さん

柳沢さんは大学院生時代、血管を収縮させる作用をもつ「エンドリセン」を発見して世界的に注目され、米国テキサス大学にスカウトされて渡米。1999年に脳内の覚醒物質「オレキシン」を発見し、本格的に睡眠研究に取り組むようになった。2012年に同機構長に就任。最近では眠気の正体の鍵(かぎ)にたどりつくなど、睡眠の全容解明を着実に進めている。

──臨床医ではなく、研究者になられたのはどうしてですか。

もともと研究者志望だったので、筑波大の医学部に入学しても、臨床医になるつもりはありませんでした。ただ、学年が上がるにつれ、臨床の現場も面白く、やりがいがあるので、かなり迷いました。臨床でも患者さんに基づく研究ができるので、臨床医の道に進むことも真剣に考えたのですが、最終的には、自分がやりたいことは基礎研究だと。「今日の患者さんを助けるのではなく、明後日の患者さんを助けるのだ」という標語を自分で考えて基礎研究に進みました。

──脳内の覚醒物質「オレキシン」を発見した時のことをお聞かせください。

最初はどんな機能があるのか、分かりませんでした。それで、その機能を突き止めるために、オレキシンが欠乏するマウスを作り、観察を始めました。しかし、何も異常が見られない。「これは重要な物質ではないのか」とも思ったのですが、マウスが夜行性であるという当たり前のことに立ち返って、赤外線カメラで夜の行動を観察することにしました。当時はマウスの昼間の行動を観察することはよく行われていましたが、こういった夜間の行動を観察する実験は一般的ではなかったんです。観察の結果、それまで起きて動きまわっていたマウスがいきなり倒れるという異常な行動を見つけ、突然眠りに落ちてしまうという睡眠障害のナルコレプシーと同じ症状であることを突き止めました。そこから睡眠研究にのめり込んでいったのです。

──睡眠については分からないことが多いのですか。

睡眠には二つの大きな謎(なぞ)があります。一つは、「どうして我々は眠らなければいけないのか」です。なぜ睡眠が必要不可欠なのか、睡眠の役割が分からない。そしてもう一つは、睡眠がどうやって調節されているのか、言い方を変えれば「眠気とは何なのか」ということです。睡眠の基礎研究は、そういう根本的な謎に挑(いど)みます。それはすぐに何かに応用できるからやっているわけではなく、今まで知らなかったことを知るためにやっているのです。科学の価値はそこにあります。

──今の研究環境について教えてください。

研究は、研究者自身が心から面白いと思えることがきわめて大切です。今、日本の研究力が落ちていると言われていますが、その大本(おおもと)は、研究者が自分のやっている研究を面白いと思えないことにあります。研究以外のことで時間を取られてしまう。自分にとって価値があると思える研究ができないといった不満を抱えています。

国際統合睡眠医科学研究機構には9つのラボがあり、大学院学生や研究員などを合わせて約140人が働いています。私の機構長としての大きな役割は、彼ら全員が自分で面白いと思う研究に自由に打ち込める体制を整えることだと思っています。

そのためには、物的なリソースとして必要なこと、すなわち、資金、機材、人材といったハードウェア的なものを維持し、整えることも大切ですが、それ以上に大事なのが、研究環境といったソフトウエアの部分です。ピラミッド的な構造ではなく、フラットな人間関係を築くことです。ここでは、ラボのリーダーであるPI(主任研究員)とそれ以外という2階層しかありません。私自身もPIの一人で、サイエンスについては他の研究者と対等です。

人間はどうしても習性として自分の領分を囲い込むようになるので、垣根のない雰囲気を意識して作らないと、ラボの中やラボ間に垣根ができてしまいます。ですから、すべてのラボが一堂に会するジャーナル・クラブ(論文抄読会)や研究進捗報告会などを定期的にやるなど、工夫をしています。

私が24年間いたテキサス大学はわりと新しい大学ですが、「ネイチャー」誌が実施した論文の質評価では、基礎医学の分野で世界1位です。もとは小さい医学校だったので、「全員で盛り上げていこう」という雰囲気がありました。私たちもそのような精神を取り入れています。こういった環境が筑波大の他の部署や、日本の他の大学・研究所にも広がっていけばと思っています。(明日につづく)

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