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NHK連続テレビ小説「エール」のキリスト教考証(3)父・安隆の死にまつわる裏話 西原廉太(立教大学文学部長、立教学院副院長、キリスト教学校教育同盟理事長)

投稿日:2020年4月27日 更新日: -

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NHK連続テレビ小説「エール」(月~土、午前8:00総合ほか)の第2週では、主人公の古山裕一(こやま・ゆういち)と結婚する関内音(せきうち・おと)の少女時代が描かれました。そして9日放映の第9回は、父の安隆(光石研)が出張先の大阪で、子どもを助けようとして電車にはねられ、亡くなったとの知らせを音(清水香帆)が受けるところから始まります。

ドラマとしても、あまりにも早い死に、おそらく視聴者の皆さんもびっくりされたのではないでしょうか。私も正直、もう少し生きていてほしかったと思います。けれども、母の光子(薬師丸ひろ子)が子どもたちに、「お父さんは、いる。目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」と語りかけたように、父が伝えようとした生き方は、きっとこれからも音たちの人生の大切な場面で繰り返し確かめられることになります。そして、「目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」という言葉には、彼女の深い信仰がにじみ出ています。

旧・豊橋昇天教会外観

関内家は熱心な聖公会(英国国教会系)の信徒家庭という設定なので、安隆の葬送・告別式は地元の聖公会の教会で行われたはずです。確かに1920年頃、関内家が住んでいた愛知県豊橋に聖公会の教会はありました。豊橋昇天教会が1918年に建てられ、45年6月19日に戦災で全焼するまで、200人近い信徒数を持つ賑(にぎ)やかな教会として存在していました。そして戦後になり、49年に再建されて現在に至っています。

ちなみに日本聖公会の教会は、英国教会(CMS、SPG)と米国聖公会という3つの宣教団体によって据えられましたが、愛知県、岐阜県、長野県、新潟県をカバーする中部教区の教会は、カナダ聖公会の宣教によって創立されました。

前回、双浦環(ふたうら・たまき)が歌を披露した豊橋の教会のシーンでも触れたように、この豊橋にあった教会は、戦前の聖公会の教会聖堂ということで、現在は博物館「明治村」(愛知県犬山市)に移築された、日本聖公会の京都聖ヨハネ教会の旧聖堂が使われました。

1938年版日本聖公会『祈祷書』(左)と1918年版

さて、当時の日本聖公会では1895年初版の『祈禱書』(1918年第28版)が使用されていたので、安隆の葬送・告別式もこれに基づいて行われたことになり、光子や子どもたちもその式文に従って祈ったはずです。347頁にはこんな祈りがあります。

我らの主イエス・キリストの父、あはれみ深き神よ。主イエスは我は復活(よみがへり)なり。生命(いのち)なり。凡(すべ)て我を信じる者は死ぬとも生きん。凡(およ)そ生きて我を信ずる者は永遠(とこしへ)に死なざるべしと教え……

この祈りを悲しみのうちに唱えた光子の、すべてを主にゆだねつつ、「肉体は滅んでも、安隆の魂は主と共に永遠である」という信仰が、「目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」という言葉を生み出したといえます。

光子が安隆の遺影を前に語りかける場面があります。初め製作者から、「仏壇の中に遺影と十字架を置いても差し支えないか」と尋ねられたとき、私は次のように提案しました。

「安隆や光子の信仰の深さから考えると、光子は安隆のために別に台を用意し、その上に遺影などを置いたほうがむしろ自然ではないでしょうか」

そして実際、そのようにセットを作っていただきました。

ちなみに、この白布の上に置かれた十字架の左側にある、背表紙に十字架が刻まれた書物は、本物の『日本聖公会 祈禱書』です。本来は1918年の改訂版を置くのが正しいのですが、サイズが少し小さいのと、少々地味なこともあり、今回の撮影では私の私物である38年版『日本聖公会 祈禱書』を使っていただきました。この祈祷書は今後の撮影でも使用される可能性があるため、まだNHKさんにお預けしたままです。

薬師丸ひろ子さん演じる光子がこの白布の上に、安隆が大好きだったお団子をのせる場面がありました。このシーンは作家さんがどうしても挿入したいということで、当初は真ん中に置かれる予定でしたが、私は別の案を提案させていただきました。

「キリスト教には供物の伝統はないのですが、それでは仏壇に供えたお供え物として見られる可能性があります。ですから、光子が安隆と一緒にお団子を楽しんでいるといった自然な流れで、お団子を置く位置も右端にしてはどうでしょうか」

ドラマでどうしても描きたいことと、キリスト教本来の考え方との差異をいかに埋めるか。埋めきれなければ、その差異をどのように架橋するかといった問題は、今回初めて「考証」という働きを本格的に経験して学んだことでした。

そういう意味では、豊橋の伊古部(いこべ)海岸で光子が子どもたちと一緒に安隆の遺灰の一部を散骨する場面もなかなか悩みました。このシーンもドラマ的には不可欠ということでしたが、キリスト教内で散骨については極端に意見が分かれています。

たとえば日本カトリック司教協議会では、「汎神論者、自然主義者、虚無主義者の類(たぐい)のあらゆる誤解を避けるために、遺灰を空中、地上、水中、もしくはその他の方法で撒(ま)くことは許されません」としています。一方、欧米のプロテスタント諸教会では、最近では散骨を選択される方も非常に多くなっています。日本のプロテスタント教会でも、「海洋散骨」を積極的に行っている教会があります。聖公会はここでも多様な考え方を内包しており、日本聖公会の信徒の方がご遺族の遺灰の一部をイタリアなどの巡礼地や海上で散骨される場に私も立ち会ったことがあります。

最終的には、ドラマでは最もシンプルかつ美しいかたちで、光子が安隆の魂の平安を祈り、子どもたちも祈りを合わせるというところを強調していただきました。映像でも、薬師丸さんの祈る姿は本当に美しく、素晴らしかったです。(4に続く)

西原廉太(にしはら・れんた) 1962年、京都府生まれ。87年、京都大学工学部金属工学科卒業、91年まで日本聖公会中部教区名古屋学生センター主事、94年、聖公会神学院神学部卒業、95年、立教大学大学院文学研究科組織神学専攻修士課程修了、日本聖公会執事、98年、立教大学文学部キリスト教学科専任講師、2000年、助教授、07年、教授。博士(神学・関西学院大学)。専門はアングリカニズム(英国宗教改革神学)、エキュメニカル神学。日本聖公会中部教区司祭、世界教会協議会(WCC)中央委員を務める。

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